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2008年2月

2008年2月20日 (水)

北京国際飯店 -2-

話をもどそう。

とにかく、北京の道は、

ニワトリだかなんだか知らないが、

羽毛がホコリのように舞ってたな。

そんな空間を通り抜け、

北京国際飯店にたどり着くと、

(といっても、駅から近いことは近い)

オレはフロントでCITSの事務所の所在を尋ねた。

まず、

「なぜ迎えに来ていなかったのか」

と、担当者に問い質した。

「待っていたが、来なかった」

(ふざけるなよ)

この担当というのが、

オレが豊橋の喫茶店で働いていたときの

○○○コーヒーの営業の兄さんに似ててね。

なんとなく親しみがないでもない。

このコーヒー屋は、

妙な英語しかできず、

漢字(中国語とはいえない)を使った英語で

言い合う(?)ことになる。

「申し訳ない、とにかく領収書のあるものは支払います

(当然、コウさんのくれたタクシーの領収書も含む)」

そういう問題じゃないんだなぁ。

オレは、日本で買ったチケットには

北京での出迎え料も入っていること、

オレの泊まるはずだったホテルと

泊まったホテルでは料金が大きく違い、

泊まったホテル代である50元をもらっても合わないこと、

をハッキリと伝えた、

つもりだった。が、

どのくらい正確に伝わったものだろうか、

イヤ、伝わっても、

このコーヒー屋は都合の悪いことは

わからない顔をしていたのかも知れない。

そんなわけで、オレは、

自分の持っている領収書を提示しながらも、

渡すことはしなかった。

いざとなれば、

日本へ帰ってから請求してやろう。

などと考えていたし、

そのときのために予定したホテルに泊まれず、

北京での出迎えもなかったということを、

どうしたら証明できるか、

などということを考えていた。

しかし、これは北京のミスで、

日本の旅行者にネジ込んでうまくいくものかどうか、

今思うと「?」である。

しかし、

そういう思いはフッ飛んでしまった。

オレは泣きに弱い。

「どうかこれでカンベンしてください。

自分は上海の方からさんざん叩かれ、

こっちでもさんざん言われてるんです」

妙な英語で訴えられてしまった。

【いや、ゼスチャーに地名と悲鳴が入っただけか・・・

オレって肌で言葉をとらえてるから、

場面が浮かんでも会話を頭の中で再現できないんだよな】

これも手か、

とも思うのだか、

オレはOKとしか言えない。

オレは、

間違いを認め(認めていないともとれる)

泣きついてくる相手に

とどめを刺すようなことはできないんだよね。

「わかったよ」

オレは突き放すような言い方をした。

人のいい自分に嫌気がさしたのか、

変に媚びられることを避けるためか、

憐れ過ぎる相手を見るのがやりきれなかったのか、

まだ少しはわだかまりがあるのか、

それともそれらが混ざった感情なのだろうか。

しかし、ひとつ、条件を出した。

コーヒー屋が提示する金額は540元である。

金額に間違いはないのだが

【元】というのが気に入らない。

オレはもう中国を出るのだ。

そこで、それをドルにしろ、と言ったのだ。

それは困る。

会社からは元でしかでないらしい。

「わかりました」

向こうが折れた。

しかし、領収書には540元とある。

彼は換金手数料にポケットマネーを使ったわけだ。

そんな誠意(?)を感じたオレは、

旅先から、このコーヒー屋兄ちゃん宛に

何枚か絵ハガキを送っている。

ただし、

文法・動詞は英語、名詞は漢字、

という自己満足の文章ではあった。

2008年2月 6日 (水)

北京国際飯店 -1-

朝、車掌がオレを連れていく、

そこは食堂車で、

車掌に連れてこられたのだから

タダだろうと思ってたんだが、

3元とられた。

高い、というイメージだったね。

ラーメンなんだろうが

日本のソバって感じのあっさり味で、

なかなかうまかったんで

高いのは大目にみましょう。

この車掌というのが、

ジャッキー・チェンとオレのある知人を

足して割ったような顔してて、

オレがカメラを持って窓の景色を見てたら

窓を開けてくれたりした。

そのジャッキー・チェンが、

金を替えてくれ、と言ってきた。

中国では

外国人用の通貨を欲しがることを聞いていた。

相場は知らないがいくらかは儲かる。

当然禁じられているわけだ。

オレはその程度の知識はあったが、

快く100元を100元で替えてやった。

ジャッキー・チェンは少し戸惑ったが、

本当にいいのか、

と念を押して喜んだ。

オレは悪いことはしたくないが、

うしろめたくないことなら気にならない。

たとえ1元でも利があれば、

オレの心が犯罪意識を持ち、

オレを責めたと思うけどね。

北京へ着けば、

CITSが出迎えに来ているはずであったが、

名前などを書いたカードを持つ人々の中に

オレを待つ者はいなかった。

北京国際飯店というところへ向かわねばならない。

ミンさんの話では

駅から見える立派なホテルだから

すぐにわかるらしいが、

そんなものは見えなかった。

とにかく足に任せて進むと、

大きな建造物がある。

「あれだ!」と思い込み、

近づいてみると≪北京国際飯店≫とある。

オレにはそういった旅の勘がある。

人、

いや、生きものには、

生きていくための勘が備わっているものなのだ。

その勘を研ぎ澄ませてさえいれば、

必要な情報は、

向こうから飛び込んでくる。

オレはそう信じ、

また実践して生きている。

信じきれない人は不思議がるが、

素直に思いおこせば、

誰でもそんな現象の一つや二つは

体験しいてるものなのだ。

ただ、それを、

気づかずにいたり、

偶然という言葉でかたづけてしまったり

しているだけなんだよね。

そして、

なによりも嘆くべきことは、

感知できないでいる正常でない自分を、

自覚できていないということだろうね。

かくいうオレだって、

人生の半分以上は

研ぎ澄まされた状態を保っちゃいないからね。

このへんが人類の愚かなるかわいさ、だと思う。

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